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war is over if you want it

広島に62年目のあの日が来た。長崎は8月9日。戦争も知らなければ、広島・長崎に知人もいないが、日本人として悲しくなる。

この時期は戦争を振り返る企画番組が多い。昨晩NHKでやっていた被爆作家の大田洋子特集と、先日民放でやっていたBC級戦犯特集は、あまり知られていなかった真実に光をあてていてよかった。

中沢啓治の「はだしのゲン」、井伏鱒二の「黒い雨」は有名だが大田洋子のことは知らなかった。そういう人も多いのではないだろうか。(↓つづく)

被爆のトラウマと闘って執筆を続けるも、米国と戦争への憎悪に満ちた作風が災いし、広島市民からも「原爆を売り物にしている」と非難され、精神も病んでしまう。一方、BC級戦犯のドキュメンタリーでは、遺族にも知られずシンガポールで捕虜の管理者というだけで戦犯として死刑判決を受け、壮絶なリンチの後、処刑された日本兵の悲惨、遺族の悲惨、生き長らえた捕虜の英国人の哀しみを報じていた。


戦争で命を落とした方々も不幸だけれども、天皇の名の下に行われた軍部独裁の罪は消えることはない。暮らしの手帖・創立者 花森安治氏の作で「一銭五厘の旗」という終戦の日のことを謳ったものがある。これは当時の「喧嘩は一銭五厘-喧嘩をしても何の得にもならない」という慣用句をもじったものだ。戦時中は反戦を唱える者は皆殺された。言いたいことも言えない恐ろしさ。


ドイツ国民はナチズムを憎み、過去を恥じているが、日本では戦争責任は「天皇」という聖域の前に「曖昧な国の私(大江健三郎)」のまま。米国の核は許せないが、日曜日の朝、ハワイで教会に集う人々の上空から湾を奇襲して喧嘩を始めたのも、アジアを支配して「大東亜共栄圏」なる妄想を描いていたのも日本である。


ずいぶん前、バリに行ったとき、見知らぬ老人が、目の前で突然、竹笛で「富士山の歌」を奏ではじめた。にこりともせず。その眼は非難に満ちていた。何か、やり切れなかった。戦争にいたる過程はいつもグラデーションで、我々は仕事や生活に追われていて危険がわかりにくい。


「はだしのゲン」を英訳出版させ、各国首脳に読ませた“マンガ外交”大臣麻生氏は、彼なりにできることをしていていいようにも思うけれども、「文民統治」のはずの日本の政府は、いつ暴れん坊将軍に豹変するかわからない恐ろしさがある。1秒間に19万円増えていく国の借金の膨大さを見せ、年金不安を隠れ蓑にして、事実上米国に献上する防衛費の恐ろしい額を目くらましにしているような気がしないでもない。。。。


tb

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