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koko
taro yamamoto , actor. sorry , only Japanese
ZDFTV,German
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his manuscript for peace of the world @ No Nukes 9.19 Tokyo via twitter on @asama888
以下スピーチ全文
ふたつの文章を引いてお話します。
まず第一は、私の先生の渡辺一夫さんの文章です。
「狂気無しでは偉大な事業は成し遂げられないと申す人々も居られます。それは嘘であります。狂気によって成された事業は必ず荒廃と犠牲を伴います。真に偉大な事業は、狂気に捕らえられ易い人間であることを人一倍自覚した人間的な人間によって、誠実に地道に為されるものです」
この文章は今、次のように読み直され得るでしょう。 「原発の電気エネルギー無しでは偉大な事業は成し遂げられないと申す人々も居られます。それは嘘であります。原子力によるエネルギーは必ず荒廃と犠牲を伴います」
私が引用します第二の文章は、新聞に載っていたものです。 原子力計画を止めていたイタリアが、それを再開するかどうか、国民投票をした。 そして反対が9割を占めました。 それに対して日本の自民党の幹事長が、こう語ったそうであります。 『あれだけ大きな事故があったので、集団ヒステリー状態になるのは、心情としてわかる』
偉そうなことを言うものでありますが、元々イタリアで原子力計画が一旦停止したのは25年前のことです。チェルノブイリの事故がきっかけでした。 それから長く考え続けられた上で、再開するかどうかを国民投票で決める。そういうことになった。 その段階でフクシマが起こったのであります。
今の自民党の幹事長の談話の締めくくりは、こうです。 『反原発と言うのは簡単だが、生活をどうするのかということに立ち返った時、国民投票で9割が原発反対だから止めましょうという簡単な問題ではない。」 そう幹事長は言いました。 原発の事故が簡単な問題であるはずはありません。 福島の放射性物質で汚染された広大な面積の土地をどのように剥ぎ取るか、どう始末するか。 すでに内部被曝している大きい数の子供達の健康をどう管理するか。
今まさにはっきりしていることは、こうです。イタリアではもう決して人間のいのちが原発によっておびやかされることは無い。 しかし私らは、私ら日本人は、これからさらに原発の事故を怖れなければならないということです。 私らはそれに抵抗するということを、その意思を持っているということを、先のように想像力を持たない政党の幹部とか、また経団連の実力者達に思い知らせる必要があります。 その為に私らに何ができるか。私らにはこの民主主義の集会、市民のデモしか無いのであります。 しっかりやりましょう。
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click to enlarge , 50,000 people at meiji park ,tokyo
© photo: maiko umeda mainichi newspaper
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Crac! 1981
1999
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the guardian is very smart. many of them are not dark_suits_flock.
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R.I.P. Swingeing London 67 (1968-69) – a painting of the arrest of Mick JaggerPhotograph: © The estate of Richard Hamilton
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i , my , me , myself, 1977
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